【新人アニメーター寮/通信】
   第2号 隔週木曜日発行

2014/6/26


   【目次】

   1:87年にデビューしたアニメーターの秘密の思い出
    ・第一回 「好き」でアニメーターは務まるのか?  森田 宏幸
   2:寮生日記  新人アニメーター寮/寮生 阿久津徹也

   3:寮長日記(予告編/その2)  浅野直之



    1:「87年にデビューしたアニメーターの秘密の思い出 」
      ・第一回 「好き」でアニメーターは務まるのか?  森田 宏幸

    はじめまして。森田宏幸です。
    アニメーター支援機構さんのお誘いで、僭越ながら、
    読み物めいたものを書きます。
    アニメーターになりたいと思っている学生の皆さんや、
    アニメーター歴3年以内ぐらいの若い皆さんを意識して書きます。
    とはいえ、どなたに読んでいただいても良いと思う。
    広くアニメーションの仕事に関わっている皆さんや、
    ファンの皆さんに読んでいただければ嬉しいです。
    さて、私がアニメーターになったのは、
    1987年ともう昔のことになってしまった。
    今と昔では、アニメーターという仕事のとらえ方も
    変わってしまっただろう。
    そういったことも追々論じていきたいが、今はさておき。
    私はよく「好きなことを仕事に出来て良いですね」と云われてきた。
    「好きなことを仕事にしませんか!」とは、専門学校が、
    進路を迷っている高校生を誘惑するのに使う言葉としては定番だと
    思うけれど、実際、学生たちに志望動機を尋ねれば、
    アニメが好きだから、と答えが帰ってくることが多い。
    私は、こうした言葉を聞いて、ちょっと首をかしげてきた。
    「ちょっとちがうんだけどなぁ。俺もアニメが好きは好きだけど、、」
     と。或いは、「アニメが好きだという若者たちの気持ちが、
    業界を支えているんですねっ」みたいな話になると、なおさら、
    「うーん、それでいいのかなぁ」と考えてしまう。
    「そんな一途な、立派なことを、自分はやってきたっけ?」
    と、居心地が悪くなる。
    はっきり云おう。私は「好き」だからアニメーターになったのではない。
    本当は「得意」だからアニメーターになったのである。
    「好き」と「得意」。このふたつは矛盾も対立もしない。
    「好き」が高じて「得意」になることはあるので、
    きっと相性はいいのだろう。
    けれど、アニメーションが「好き」なだけではなく、
    「得意」になれなければ、仕事にならないことは
    胆に命じておくべきだろう。
    「好き」と「得意」、その間には、大きな隔たりがある。    
    アニメーターは言うなれば、プロ野球選手みたいなものだ。
    イチローや松井みたいに、才能があって、
    パカパカホームランが打てれば、
    ギャラはどんどん上がって、いい暮らしができる。
    才能がなければ、2軍暮らしで、給料も安い。いくら練習しても、
    どんどん辛くなる。
    そうした傾向が良いか悪いかという、議論もあると思うけれど、
    それは今論じない。
    さて、好き嫌いで云うなら、そもそも私は、野球が大好きだった。
    小学生の頃、水島新司のドカベンという野球漫画が大好きで、
    草野球でよく遊んでいた。
    そして中学に入ったら、野球部に入れないものかと心密かに
    思っていたのだけれど、私が入った中学では
    野球部員が100人ぐらいいた。
    当時野球は男子に大人気で、背の高い、
    運動神経のいい奴らが揃っていた。
    私はチビでやせっぽちで運動神経もいまひとつだから、
    まさかレギュラーになれるわけがないと考えて、即、諦めた。
    ただ、体育部にはこだわって、人気が無さそうな陸上部を選んだ。
    (失礼!)
    しかも、チビでも頑張ればなんとかなりそうな、長距離走を選んで、
    その後、高校時代の終わりまで続けることになる。
    アニメーターを志す切っ掛けは、その高校時代に訪れる。
    自分の中学時代の陸上の成績は、せいぜい地区予選止まりだった。
    校内のマラソン大会で、トップ争い出来るのは悪くなかったが、
    選手としてはパッとしない。先は見えていた。
    そんな高校一年生の春、クラスメートのW君が、
    「アニメーターになりたい。そのためにアニメーションを作る」
    と言って仲間を集めはじめたのだ。
    彼は、宮崎駿の「未来少年コナン」の大ファンだった。
    私もコナンは好きだったが、宮崎駿の名前には注目していたかどうか? 
    当時はまだ知られていなかったし、アニメーターって何なのか、
    だって知られていなかった。
    W君には先見の明があったということだろう。
    美術部の顧問の先生が話の分かる人で、
    自分たちの力でやるなら勝手にやっていいよ、
    と入部を認めてくれたので、W君は3人ほどクラスメートを引き連れて
    入部し、アニメーションを作り始めた。
    他に、映研もあったけれど、アニメーションは作っていなかった。
    絵を描けるのは美術部と考えたのか、他に理由があったのか、
    そのへんのことはよく知らない。
    当時、私は陸上部で、放課後毎日二時間の練習があるので、
    美術部に入るわけにはいかない。
    しかし、W君たちのやっていることは面白そうなので、
    陸上の練習のあとよく遊びに行っていた。
    部外者出入り禁止なんてことはない、ルーズな運営だったことも
    幸いした。
    最初はW君たちのやっていることをただ見るだけだった。
    アニメーション作りのことはまったく知らなかったが、
    私なりの理解の手がかりは、
    中学時代に教科書の端っこに描いていたパラパラ漫画だ。
    あれが私は大好きだった。
    アニメーション作りとは、要するにパラパラ漫画を大きな紙の上でやれば
    いいことなのだろう、と、そのくらいに想像していた。
    「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」「未来少年コナン」
    も大好きだったので、
    アニメーションに興味はあったと思うけれど、自分が描く側になる意識が
    あったかどうかは憶えていない。
    それより、パラパラ漫画を描いていた時の、
    ワクワクする気持ちはよく憶えている。
    W君たちがまず最初に始めたことというのは、
    当時「アニメージュ」に鈴木伸一さんと
    おかだえみこさんが連載していた「アニメ塾」
    のとおりにアニメーションを作ることだった。
    キャラクターが身体を倒す絵を2枚で描いて、3コマ中3枚入れると、
    お辞儀の動きが出来る、みたいな感じ。
    そういった動きを試しに動画に描いて、
    8ミリフィルムカメラで撮影するのである。
    現像が上がって映写して、「動いた動いた!」と楽しんでいた。
    そんな中、私も描きたいと言って、仲間に入れてもらった。
    そして、当時の彼らから見たら、とんでもないレベルの動画を描いて、
    皆をあっと驚かせたのだ。
    その瞬間、私はアニメーションを「好き」なだけでなく、
    「得意」になった。
    その経験がなかったら、その後アニメーターを志すことは
    なかったと思う。
    その時の、さらにくわしい話を、次回書きます。
 
    2014年4月27日        森田 宏幸 拝


    2:「寮生日記/3月」
     新人アニメーター寮/寮生 阿久津徹也


    はじめまして、こんにちは。
    アニメーター寮の1号生として選ばれました、阿久津徹也と申します。
    どうぞよろしくお願いします。
    これから寮生は毎月メルマガのコメントを書くそうなので
    第1回目は私が何物であり、
    今どんなことをしているかを書きたいと思います。
    私、阿久津徹也は22歳の栃木県出身の男性です。
    幼少期から川で遊ぶことが好きで地元では鯉やフナ、
    ブラックバスなどの魚やザリガニを釣り、罠、投網などあらゆる方法で
    捕獲しては食べるなど狩猟民族もびっくりな
    アグレッシブさをもっています。
    (鯉はさばく時に内蔵の黒い塊を潰さないように取り、
    ザリガニは尻尾のみを食べるので背わた、
    腹わたを取って片栗粉を溶かした水で洗うと美味しくいただけます。)
    それから昆虫も好きで一時期外国産のカブトムシ飼育にはまっていて、
    ヘラクレスオオカブト、ネプチューンオオカブト、
    アクテオンゾウカブトなどの成虫、
    幼虫合わせて200匹弱ほど飼育していました。
    冬に暖房器具のトラブルで全滅する事件があってからは
    飼育していませんが機会があればまたやりたいですね。
    アニメとの出会いは幼稚園に通っていた頃に再放送されていた
    ふしぎの海のナディア、七つの海のティコあたりが記憶している中で
    最も古いです。
    特にふしぎの海のナディアはちょうどノアが爆発する
    グロテスクなシーンでトラウマをもったのでよく覚えています。
    余談ですがのちにエヴァンゲリオンの旧劇場版の量産型エヴァにも
    トラウマを植えつけられました。
    そのせいで今でもあのうなぎ面が夢に出てきます。
    好きな映像作品はデジモンアドベンチャー、
    ガイナックスのオリジナルアニメーション、
    それから怪獣特撮が好きでゴジラVSデストロイアや
    ガメラ3が特に好きです。
    洋画はあまり見ておらず最近になって興味を持ち、
    ちまちま観始めたところです。
    アニメーターを目指すきっかけの話をするとやはり
    ガイナックス作品との出会いが大きかったと思います。
    幼少期にナディアで衝撃的な出会いをして小学生の時エヴァンゲリオンで
    トラウマを植えつけられ中学生の時トップをねらえ!に魅せられ、
    高校生の時アニメと疎遠になりつつあったときに
    グレンラガンで引き戻されフリクリでアニメの面白さを再確認するという
    まるで幼馴染で片思いの恋人みたいです。
    それプラスで当時ネットで自主制作アニメが多く見られるようになり
    創作意欲を掻き立てられたことやアニメーターや
    アニメーション監督を特集する番組をみて
    アニメーション制作が身近に感じられたため
    アニメーターになることを決めました。
    そして専門学校へ行きアニメーターへ!となるはずでしたが
    アニメーション業界に入って何をするかという
    明確なビジョンや実力もなく親に反対されて
    とりあえずアニメーションとは関係ない学費の安い
    地元の専門学校へ進学しました。
    しかしアニメーターになることを諦めきれず絵の実力をつけるため、
    親に自分がどれだけ本気かを見せるためアルバイトを始め、
    そのお金で鉛筆デッサンを習いました。半年後そのデッサンを親に見せて
    なんとかアニメーターの道へ進むことを許してもらいました。
    その後2年間アニメーションの専門学校通い、先日卒業しました。
    現在はアニメーション制作会社で研修を受けています。
    内容としてはひらすらクリンナップです。
    そろそろ研修を始めて1ヶ月になりますが遠まわしに
    新人の中で1番クリンナップが下手だと言われてしまったので
    早速打ちのめされています。
    とは言え少しずつですが
    自分の引く線がきれいになっていくのがわかるので
    楽しく取り組めています。
    以上が私が何者であるかと、現状になります。
    どうにも自己紹介となると形式張って
    固くるしい印象になってしまいました。
    次回はアニメーターをしての目標を交えつつ
    もっと自由でフレンドリーなコメントにしたい
    と思います。最後にメルマガ購読ありがとうございました。
    次回もお楽しみください。
    それでは失礼します。

    新人アニメーター寮/寮生 阿久津徹也




   4:「寮長日記」(予告編/その2)
      新人アニメーター寮/寮長 浅野直之

「寮長日記」/浅野直之  
 (たぶん…)COMING SOON!